人とAIの共創によるマッチング業務革新の舞台裏 – グローバル企業特有の困難と内製化の壁を越えて(アデコ株式会社)
データ分析・データ利活用サービス
- クライアント名
- アデコ株式会社
- 業界
- 総合人材サービス
- 担当部署
- IT & Digital本部 Data Science部
背景
- ・全社のDX推進方針のもと、人材派遣事業の中核である「マッチング業務」の効率化が最重要課題として掲げられていた。
- ・IT & Digital本部ではデータ活用内製化を進めていたものの、高度な分析(特にテキスト処理)に対応するためのリソースが不足していた。
- ・スイスの本社に対し、AIによるマッチングにおいてバイアスを排除したことを証明するには、高度な統計知識を持つチーム体制の構築が不可欠だった。
導入効果
- ・AIマッチングシステムの導入により、マッチング担当者一人あたりの一日のマッチング件数が二桁改善。
- ・2025年中に、全契約決定の内、20%がAIマッチングを経由するまで拡大させることを目指している。
- ・ビジネス担当者の業務負荷が軽減され、より付加価値の高い業務(登録者との対話など)に集中できる環境を実現。スイス本社からも、ビジネスでの活用による具体的な成果が評価され、先進的な取り組みとして他国からも注目を集めている。
Databricks活用による効果
- ・日本チームから「Databricks」への環境移行をリクエストし、高い分散処理性能により処理時間が大幅に改善。
- ・継続的な利用状況の分析に基づき、柔軟なコンピュート設定によりコストパフォーマンスを最適化。コストは30%以上の削減(2024年10月比)。
- ・セキュアなDelta Sharing機能により、2時間を超えていた複数のworkspace間でのデータ輸送時間をゼロに短縮。障害復旧能力を高め、障害発生によるビジネスの機会損失を最小化。
人材サービス業界のリーディングカンパニー、アデコ株式会社では、中核事業のひとつとして人材派遣事業を展開している。
同事業の核であるマッチング業務の変革を推進するためにパートナーに選んだのはTDSE株式会社。プロジェクトの道のりは、単なるシステム開発の物語ではない。事業部門の喫緊の課題、データ活用内製化の壁、そしてグローバル企業特有の障壁。
数々の困難を、両社は「ワンチーム」となってどう乗り越えたのか。
そこには、単なる「発注元」と「ベンダー」という関係性を超えた、真のパートナーシップの姿があった。
プロジェクトを牽引したアデコ株式会社 IT & Digital本部 Data Scienceの太田様、山下様、佐藤様。そしてTDSEの和田、古川が、その軌跡を語る。
事業部門の明確な課題と、解決のために直面した「内製化の壁」
―― まず、本プロジェクトが発足した背景についてお聞かせください。
太田様:IT & Digital 本部は、既存ビジネスの基盤を支える情報システム部門と、AIをはじめとするデジタル技術で新たな価値創出を目指すデジタル部門の二軸で構成されています。デジタル部門は、2020年に「人材業界のDX Leaderとなる」という明確な指針の元に発足しました。
その中のData Science部は、データサイエンス・AI技術を活用し、様々なビジネス課題に対して企画・開発・運用・保守という上流工程から下流工程の全てを内製開発で推進しています。
プロジェクトが本格的に始動したのは2021年頃です。
マッチング業務は、登録者と求人企業を繋ぐ当社の人材派遣ビジネスの中核であり、20年以上にわたり変わらぬ価値を提供してきました。そのため、本プロジェクトは当社の重点施策として立ち上げられました。
アデコ株式会社IT & Digital 本部
Data Science部 部長
太田 潤 様
―― 当初は、データ活用の内製化も視野に入れていたと伺っています。
太田様:マッチング業務へのデジタル・AIの活用において、テキストデータの取扱いは避けて通れませんでした。求人票に記載された仕事内容の説明、求職者の職務経歴書の記載内容などには、大量のテキストデータが含まれています。
また、AIによるマッチングを公正に行うためには、性別や年齢といった情報によるバイアス(偏り)や差別が発生していないことを、統計的に検証して証明する必要がありました。
これらの技術的課題に対応するためには、高度な専門知識を持つチーム体制が不可欠であり、技術・リソースの両面から支援いただけるような信頼できるパートナーを必要としていました。
加えて、当社はグローバル企業として極めて高いレベルのセキュリティ・ガバナンスが求められます。
当時登場し始めていたスタートアップのAIサービスを安易に導入することはできず、信頼できるパートナーと連携し、内製で開発を進める必要がありました。
なぜTDSEだったのか?共に汗を流す「パートナー」との出会い
―― 様々なベンダーがいる中で、TDSEをパートナーとして選んだ理由をお聞かせください。
太田様:一つはデータサイエンス領域における確かな技術力への信頼です。
さらに高く評価している点は、単に「開発を行う」だけでなく、プロジェクトに深く「並走」してくださる点です。
ビジネスで成果を出すためには、最終的に人と人との泥臭いコミュニケーションが欠かせません。
例えば、現場で扱うデータは、蓋を開けてみると想定と異なることも多く、そうした状況にもTDSEさんは粘り強く、私たちと一緒になって汗を流し、問題解決に取り組んでくれる。この「共に悩み、共に乗り越える」姿勢がパートナーとして最も信頼できる点です。
TDSE株式会社和田 吉満
和田(TDSE):私たちはお客様の課題を解決し、ビジネス価値を創出することに繋がらなければ、良い関係は築けないと考えています。
決まったものを作るだけでなく、想定通りに進まない局面においても積極的に踏み込み、共に解決を図る。そうした姿勢がTDSEのカルチャーとして根付いています。
―― まさに「ワンチーム」だったのですね。
太田様:発注元とベンダーという形式的なコミュニケーションではなく、「ワンチーム」として密な連携や相互信頼を構築できるようなコミュニケーションを工夫しています。
私自身の受託開発の経験から、発注元とベンダーという立場にとらわれず、パートナーとして共に取り組む姿勢が、成果を創出する仕組みの構築には不可欠だと感じています。
そういった点で、当社の価値創出に真摯に向き合い、時には率直な意見交換を重ねながらプロジェクトを推進してくれたTDSEさんの姿勢に、大きな信頼を抱いています。
山下様:最近の具体的な例で言うと、バッチ処理の速度を25%程度削減できそうだという提案や、ビジネス要望への対応を最優先にする中で、度重なる改修により冗長となったコードのリファクタリング内容の提案など、常に積極的な改善提案をいただいています。
長期的な視点での運用・保守性向上を実感しています。
古川(TDSE):約3年間にわたり本プロジェクトに携わる中で、アデコ様のビジネスやデータを誰よりも理解しているという自負があります。
その知見を活かし、例えば通勤時間の測定ロジックについては、当初の電車利用のみを想定した設計から、多様な通勤スタイルに対応する改善案を提案しました。また、膨大なデータを効率的に処理するためのデータ削減の工夫など、常にビジネス成果の最大化に繋がる技術提案を心がけています。
ビジネス部門・Data Science部・TDSEとの「ワンチーム」で乗り越えた、技術と組織の壁
―― AI導入による具体的な成果について教えてください。
太田様:AIマッチングシステムの運用開始以降、マッチング担当者一人あたりの一日のマッチング件数は二桁改善しました。この結果には担当者自身の努力も寄与しており、純粋にシステムだけの成果とは言いきれない部分もあります。
一方で定量的な指標として確認できる成果として、現在、全契約決定のうち5%弱がこのAIマッチングシステムを介して成立しています。(インタビュー実施当時)
2025年末には、この数値を20%まで向上させることを最終目標に掲げており、すでに見通しも立っています。
山下様:私たちの成長、成果という観点では、ビジネスの現場におけるAIへの信頼性の向上が挙げられます。
「この求人とこの登録者は合わないと思うが、なぜAIはこのマッチングを推奨するのか?」といったビジネス担当者からの問合せに対し、AIマッチングシステムの出力根拠をいつでも説明できるように工夫をしていただいています。
システムをローンチした当初はそのような問合せをいただくことも多くありましたが、現在ではほとんど寄せられなくなりました。
これは関心が薄れたわけではなく、丁寧に説明責任を果たし続けた結果、AIマッチングシステムに対する信頼が着実に高まっていることの表れだと考えています。
佐藤様:当社としてAIシステムを本格導入するのは初の試みであり、ビジネス担当者にも一定の戸惑いがあったと考えています。
そのため、開発にあたっては、私たちが考える「理想的なシステム」を一方的に押し付けるのではなく、ビジネス担当者と共同開発の体制で臨みました。システム開発は家づくりと似ており、当初は最適だと考えて設計した機能でも、実際の運用を通じて「これは不要だった」「こうした方がよい」という改善点が見えてくるものです。
そうした現場の声を積極的に吸い上げて、使いやすさの向上に継続的に取り組んでいます。
その結果、ビジネス担当者からは、AI導入によってマッチング業務の初期対応が省力化され、その分、職場見学のアレンジや登録者の方との対話といった、より付加価値の高い業務に集中できるようになったと歓迎されています。
アデコ株式会社IT & Digital 本部
Data Science部
山下 夏輝 様
―― プロジェクトの裏側では、分析基盤の活用も大きなポイントだったと伺いました。
山下様:2022年当初、使用していた分析環境は、大規模データ処理に不向きなものでした。
そこで、日本チームから「Databricks」への環境移行をリクエストし、大規模データ処理のハンドリングに適した環境を構築することができました。
高い分散処理性能を最大限に引き出す調整を行った結果、処理時間も大幅に改善でき、開発サイクルも日々の運用面でも多くのメリットが生まれました。
古川(TDSE):アデコ様が先進的な基盤を導入されていたことで、私たちもその環境を最大限に活用し、複雑なAIモデル開発を迅速に行うことができました。
Databricksはプロジェクト全体のスピードと精度向上に大きく貢献した要因の一つです。
山下様:また、Databricksはコストパフォーマンスの最適化が容易であり、リリース後もコストを30%以上削減できています(2024年10月比)。
特別な仕組みを導入したわけではなく、処理内容に応じてリソースを丁寧にテーラーすることで実現しています。
さらに、日本ではグローバルに先駆けて「Delta Sharing」という機能を導入しました。
セキュアなDelta Sharing機能により、2時間を超えていた複数のworkspace間でのデータ輸送時間をゼロに短縮することで、障害復旧能力を高め、障害発生によるビジネスの機会損失を最小化することができました。
佐藤様:ユーザーの立場から見ると、システムの処理過程で生成される中間のデータはまさに貴重な資産だと考えています。
これらのデータを組み合わせることで新たな価値を生むことができないか、日々可能性を模索しています。
データ分析はトライアンドエラーの積み重ねであり、その過程で高速にPDCAを回しながら多様な分析を迅速に試行できる点もDatabricksの大きな魅力の一つです。
―― グローバル企業特有の難しさもあったのではないでしょうか。
太田様:最後の障壁がEUにおけるAI規制への対応でした。
AIマッチングシステムを正式にリリースするためには、Adecco Groupのグローバル本社に設置されたResponsible AI Committeeの承認が必要だったのです。
アデコ株式会社IT & Digital 本部
Data Science部
佐藤 甲一 様
佐藤様:AIが社会に浸透する中で、その利活用における公平性や倫理性の確保は非常に重要な課題です。
Adecco Groupでは、日本を含む世界全体のAI倫理ガバナンスの指針として「Responsible AI Principles」(責任あるAI活用のための原則)を制定しています。これは事業におけるAIの使用と開発において、法令を遵守するだけでなく、倫理的で包括的、かつ公正であり続けるための原則です。
AIマッチングシステムにおいても様々な検証が求められました。例えば、AIが人間の意図しない動作をしていないかの検証では、多数のビジネス担当者にAIの出力結果を1つ1つ実際に評価していただきました。また検証事項の中で最も重要でしたのは、登録者の属性の違いによる差別(偏り)が発生していないことの証明です。そのためにAIの出力結果に属性の違いによる「有意な差がないこと」を、古川さん(TDSE)に協力いただきながら統計学的に検定しました。
最終的なResponsible AI Committeeへの報告においては、検証結果をまとめるだけではなく、日本の労働市場の特性も併せて丁寧に説明することを心掛けました。
これらの結果、無事に承認を取り付けることができました。まさにTDSEやビジネス部門の皆さんの全面的なご協力があったからこその結果だと考えています。
太田様:プロジェクト開始当初、グローバルからは「なぜ日本だけでそのような取り組みを進めているのか」との声もありました。最初の2年ほどは進みが遅く、推進には多くの苦労がありました。
しかし、2024年10月のローンチ以降、先ほど申し上げたような具体的な成果が現れ始めると、評価は一変しました。
グローバルのIT社員向けイベントでの発表には約300人が参加し、現在では日本の取り組みが注目を集めています。山下(アデコ)がグローバルと密にコミュニケーションを重ね、人と人との信頼関係を築き上げながら日本の成果を継続的に発信してきた結果、今では「日本のチームが進めたいなら支援しよう」という協力者が増えてきています。
佐藤様:システムを完成させるだけでは評価にはつながらず、実際に成果を創出して初めて真の価値が認められます。
成果を着実に積み重ね、ビジネスの中に自然に溶け込んでいる事実を示すことで、現在ではグローバルにおいても高いプレゼンスを確立できていると感じています。
AIは人材サービスの未来をどう変えるか
―― 最後に、本プロジェクトの成果を踏まえ、今後の展望についてお聞かせください。
佐藤様:AIを導入すること自体が目的ではなく、AIを活用して何を実現するのかが重要だと考えています。私のモチベーションは、ビジネス担当者の業務負荷を軽減し、その時間をより価値の高い業務に充ててもらうことにあります。
AIによって生まれた余裕を、登録者の方へのケアやサポートといった、人間にしかできない、心と心のつながりを作るような創造的なコミュニケーションに活かしてほしい。
その結果として、派遣社員の皆さんがより快適に働くことができ、企業としても成果を高めていく、そんな好循環を生み出していきたいと考えています。
山下様: 開発したシステムを我が子のように大切にメンテナンスしてくださるTDSEさんの支えがあるからこそ、私たちはまた新しい挑戦に踏み出すことができます。
これからも共に新たな価値を作っていきたいですね。
和田(TDSE):私たちも同じ思いです。
特定のキーパーソンがいなくなった際に、データ活用の文化が途絶えてしまうのは非常に残念なことです。アデコ様の社内に、私たちがいなくても自走できる文化や仕組みを根付かせるお手伝いを、今後も継続していきたいと考えています。
古川(TDSE):アデコ様に真にビジネスの価値をもたらすものを共に創り上げていけるよう、これまでと変わらず密なコミュニケーションを重視し、アデコ様のビジネスを深く理解した上で、現場の泥臭い部分も含めて共に挑戦していきたいと思います。
TDSE株式会社古川 善信
太田様: 当社は「モノを作って売る」企業ではありません。登録者の皆さんを求人にマッチングするというビジネスモデルにおいて、社内オペレーションの徹底した効率化は登録者の皆さんに対する責務であると考えています。さらに、AIによってより公平かつ高精度なマッチングを実現できることは今後の当社の競争優位を支える要素になると考えています。
今回のAIマッチングシステムは、単なる業務効率の改善にとどまらず、データとAIを活用して「人にしか生み出せない価値」を高めていくという、これからの人材サービスの一つの在り方を示す取り組みでもあります。
私たちは単に話題性のあるものや自分たちが作りたいものを追うのではなく、これからもAIやデータを活用しながら当社のビジネス価値を継続的に創出し続けることに挑戦していきます。
またこうした取り組みが当社のビジネスの中で血肉となり、組織文化やマインドとして定着していくよう、TDSEさんとは今後も協働できたらと考えています。
容易でない局面や困難もありますが、やはりこの仕事は楽しい。それこそが、私たちの最大の原動力です。
データやAIはしばしば技術的で無機質なものと捉えられがちだが、AIマッチングシステムは、登録者とビジネスの現場双方に寄り添う“心の通った仕組み”として機能し始めている。これはData Scienceチームの熱意と、現場の葛藤や挑戦、そして人と人との信頼によって生み出された、数字だけでは語り尽くせない成果だ。
「泥臭く」「汗をかき」「ワンチームで」「現場と向き合う」。
この取材で交わされた言葉の一つひとつがアデコの文化として着実に根付き、組織の強みへと育っていく。
TDSEは今後も、データとテクノロジーの力を通じてこの価値創出のプロセスに「並走」し、アデコが築こうとしている新たな文化の定着と深化に貢献していく。
TDSEのDataBricks活用支援サービス『Growth Compass』について、詳しい説明をご用意しております。下記よりご覧ください。
TDSEのサービスをご導入いただいた企業様の事例を一括ダウンロードすることができます。是非ご覧ください。